喧嘩両成敗って、喧嘩すんなって意味じゃないのかもね。
9月。もうそろそろ上半期がおわる今日この頃。
アポ終わりに、後輩から一本の電話があった。
電話の向こうの彼女は泣いていて、号泣していた。
「もうマネジャーとうまくやって行く自信がない」
どうやら上半期の仕事の振り返りで、上司に怒られたらしいのだ。
整理すると、こういうこと。
●今日の面談でミッションの達成について指摘された
●ミッションを達成しないこと以前に、達成しようと努力をしたのか、どうすればやれるのか考えたのかと指摘された
●行動をしていない、考えていない件について、上司から叱られた
●そのミッションについて彼女は達成基準を(正確には)把握していなかった
●確かに、上司はその基準を細かく伝えてはいなかった
●そのミッションは協働者のいるPRJ業務で、スタックはフロントの営業のしきりの問題
●営業を乗り越えて仕切るのは、(自分の職務上)お門違いだからやらなかった
●それなのに今の段階でそんなことを言うのは上司のマネジメント不足だし、非現実的な指摘だし、おかしい。
この言い合いで、叱りはほぼ喧嘩と化したらしく、結果、号泣となったわけだ。
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ここで起きてるのは指摘されている問題の完全なすれ違い。
マネジャーは、「彼女が考えていないこと」に対して指摘をしたにも関わらず、
彼女は「マネジメントや上司の発言」に対して言い返しをしている。
どっちが真実でどっちが悪いかは、
当事者ではない私にはわからないので関係ないのだけど、
どっちも指摘している問題が違うのだ。
問題を指摘されて、相手の別の問題を指摘する。
それを受け取り側は「言い訳」ととらえ、また叱る。
言い手側は「指摘したことから逃げている」ととらえ、また不機嫌になる。
喧嘩になってしまうケースはたいていこのパターン。
「あ、お互いがおこっている現象について2つの論点ではなしちゃってる」
ということに気づくと、案外楽だが、怒っていると冷静にはなれない。
たとえば、勉強しないことを母親に怒られたときに、
それはお母さんが毎日指摘してくれないからでしょうといったら、どうだろうか。
お互いに「勉強をしていない」という事象について、
指摘しているのだけど、ふたりともお互いの不備について指摘しあっていて、
実は建設的な議論になっていない。
これがビジネス上おこると、そういうことになる。
彼女自身はまず、考えていないことに対して反省をすべきで、
その上で思ったことを指摘して行くべきだったのだ。
そうでないと議論にならず、上司の逆鱗にふれることになる。
向こうも感情的なので、いつもはいわないひどいことを言う。
また、あの上司はパワハラだ、くそだ!!!と認識する。
第三者的にみているとどっちもどっちで、どう悪いというわけではないのだが、
これ当事者だと意外とわからんのよなあ、、、と彼女の話を聴きながら思った。
以前私が営業と大揉めしたときも、結局この話だった。
冷静に考えればお互い悪いし、お互い指摘してる問題が違うのだけど、
おこった行動や起きている現象について話し合っているからたちがわるい。
ああ・・・もしも悲しくて怒りにふるえることがあったら、
いったんこの現象じゃないかと疑ってみよう・・・。
彼女の話をききながら、そんなことをふとおもった。
(ちなみにやんわりと上記の考え方を彼女に伝えたら、少し落ち着いたようで静かに席に帰っていった)
喧嘩両成敗という言葉は、喧嘩したやつは両方悪い!と言う意味だが、
それは喧嘩はよくないぞーという意味だけではなくて、
喧嘩ってたいていお互いのすれ違いだから、冷静になれよという意味なのかもなあと、
帰り道で、ぼんやりと思った。